『 26 』

 

最近26歳になった。このブログでちまちまのどうにもならない小言を吐き出していた頃からもう4年も経っているらしい。この4年は色んなことがありすぎて自分でも怖いくらい勝手に大人になってた。なんとか卒業して、なんとか就活して、5年交際してた相手にとんでもない振られ方をして、仕事の人間関係で悩んで、新しくできた恋人の事が大嫌いになって、また新しい好きな人を作って。学生時代はほとんど引きこもっていて人と関わらない生活を送ってきたので、その代償が一気に振りかかってきた気分。いい事もあったし、記憶の奥深く刻まれる嫌なこともたまにあった。けど、1人の時はずっと同じテンションで最低限の自分らしさを保っていた気がする。自分と人を比べて腐らず、低い給料の割りには東京で生き抜いている自分を誇りに思い、人前ではよく笑う人を演じる。よくやってるよ私。

 

写真さ、たまには撮ってね。人のことも自分の事も記録して。あと足りないものは人生の目標を決めること。結婚でもいいし、仕事でもいいし、お世話になってる人への恩返しでもいい。周りをよく見て生きてね。

 

 

 

おやすみ上海蟹

『 理想 』

 

 

お久しぶりです、お酒に酔った勢いで文章を書くので誤字脱字がありましたら悪しからず。

 

もうすぐ23歳になるのですが月日を重ねる度に「こんな大人になるつもりではなかった」と思うことが多々あります。小さな頃から母に人の振りを見て我がふり直せと言われながら育ちました。ですので親しい友人でも日頃の態度や言葉遣い、人間関係などに目を光らせて「自分はこうならないように気をつけよう」と反面教師にしながらこの歳まで過ごしてきました。そんなことを考えながら毎日を送っているせいか、自分の言いたい事も言えず曖昧な返事ばかりして人間関係で気まずくなったらフェードアウトする事しか考えることのできないずるい人間になりました。この人格は両親のせいでもなく育った環境のせいでもなく他人に気を取られてばかりで自分の根本的な性格を見つめ直さなかった結果だと思っています。 

 

 

 自分が今思っている「 "" こんな "" 大人」とはいつも周りに流され自己主張ができないくせに心の中では常に自分より下の人を探して安堵しては自分を棚に上げて他人の粗探しをしてストレス発散する、といったところでしょうか。本当に汚い大人に育ちました。自己嫌悪に浸ることがよくあるのでこのような性格を治したいと幾度となく意識したことはありますがこの歳になるとなかなか上手くいかないものです。もちろん大人になってから憧れや尊敬の目で他人を見ることも多くなりました。いろんな方とお話しする度に得ること、学ぶことが沢山あり勉強になります。自分に持っていないものと他人を比べる癖は相変わらず治っていませんが。目標にしている人間像「きちんと挨拶ができ、聞き上手で、謙虚で、穏やかで身の回りのものを大切にし、人に好かれる努力を怠らず、常識と教養があり常に自分を大切に生きる。」無理。書いてて泣きたくなった。何一つクリアしてないや。普通のことなのに普通って難しいな。自分の現状と理想を並べてみると天と地の差があってまだまだ精神は子供なんだと実感します。今言った理想の人間に近付けたらきっと物凄いオーラを解き放っているんだろうな.......。立派な大人になれるまであと何年かかるんでしょうか。今から毎日自分と見つめ直さないと死ぬまでなれない気がしました。

 

 

 

とりあえず今日を生き抜いただけで100点満点。

駄目すぎて話にならない。

 

 

 

上海蟹食べたい。

 

 

『 果て 』

 

 

私が好きになる人は私を好きにならない。恋愛をする時に必ずこの言葉が頭をよぎる。悲しいけどこればかりはどうしようもない。相手を振り向かせる力が無いとかそういう話ではない。もう遺伝子レベルで好きな人と自分は結ばれないように組み込まれてるんじゃないかって疑うくらい一方的な気持ちで恋が終わる。

 

 

 

13歳で初恋をした。相手は同じ部活の同級生、U氏。小学校で管弦楽部に入っていた私は中学でも音楽をやりたいという気持ちがあったので吹奏楽部に入部した。(中学に管弦楽部は無かった)小学校からファゴットという楽器を演奏していたので中学でも同じ楽器を引き継ぐ形で担当した。ファゴット木管楽器のなかでも低音で、楽器別の練習だと低音パートというカテゴリーでいつも練習していた。低音パートにはファゴットバスクラリネットバリトンサックス、ユーフォニアム、チューバがいた。U氏はユーフォニアムを担当していた。U氏とは結構話が合った。当時お互いにSCHOOL OF LOCK!!というラジオにハマっていて部活で顔を合わせる度にラジオの話をした。U氏は音楽が好きだった。特にアジカンくるり星野源についてお互い熱く語っていたのをよく覚えている。

 

 

 

眼鏡、天パ、色白、笑うと細くなる目、繊細な指、趣味が合ってそして優しい性格。

 

 

 

好きにならないわけがない。こんなにも趣味が合ってルックスがドンピシャの男に優しくされたら勘違いする。そうして見事に勘違いをして、私は中学3年間U氏に恋をした。クラス替えもあったが同じクラスには1度もならなかった。部活だけの関係。毎日放課後に会って昨日聞いたラジオの話をしてセッションして時間になったらさようならをする関係。

 

 

 

中2のバレンタインにチョコを渡そうと計画した。低音パート全員の分のチョコを作りつつ、さりげなくU氏のチョコだけ豪華にする作戦。U氏のラッピングには手紙を添えた。これからもよろしくみたいなことを書いた気がする。好きですや自分の好意を伝える文は気恥ずかしく書けなかった。翌日、ドキドキしながら部室に向かった。低音パートの皆にチョコを配りながらU氏がどこに居るのか辺りを見回した。U氏が見当たらない。チューバの子に「U氏って今日休み?」と聞いたところ風邪で休みという答えが返ってきた。完全に空回りをした。U氏に気持ちを伝える好機を逃した。その日は失恋したわけでもないのにこの世の終わりみたいな顔をしてチョコを持ち帰り、部活が終わって帰宅してからずっと部屋に閉じこもっていた。今日は気持ちを伝えられなかったけどまだ卒業まで時間はあるし機会はいくらでも作れるじゃないか、そう自分に言い聞かせた。それからもU氏と顔を合わせれば趣味の音楽の話をよくしたがあっという間に夏の最後の大会が終わり文化祭も終わり部活を引退してU氏と顔を合わせる回数が減った。廊下ですれ違っても声をかける勇気が無かった。受験も終わって卒業式が来ても、何も無いまま終わってしまった。好きな気持ちを大切育てた結果、何もアクションを起こせずに初恋が終わってしまった。それから1度も会っていない。

 

 

 

 

あれから7年経ってもU氏のことが忘れられない。他の人と恋愛をしても頭の隅にU氏の名前がこびり付いていて、ふとした出来事で思い出してしまう。こんなにも後悔するならU氏が使っていたマウスピースに間接キッスでもしておけばよかった。もうこの発想が最低。今でも連絡を取ろうと思えば取れるし会おうと思えば会える範囲にお互い住んでいる。この気持ちの果ては何処なのだろう。行動に移す気なんて無いくせに。誰か私に説教をしてくれ。米津玄師を聴くな、lemonの歌詞をU氏に当てはめて号泣するなと。そして私がババアになる前に早くこの呪いの解き方を教えてくれ。

 

 

 

 

上海蟹食べたい。

 

 

『 無気力 』

 

春休みに入って全くカメラを握らなくなった。私にはもう写真しかないのにそう思えば思うほど撮りたいものが浮かばずカメラからどんどん遠ざかってしまう日々。入学した当初は沢山街に出てスナップやポートレートを撮ってやる気に満ちてた。暇さえあれば次に作る作品のコンセプトを考えて沢山の候補をメモ帳に書き出した。あの頃は新しい環境で外に出れば出るほど想像力が豊かになり私の写真も今より10倍くらい輝いてた。下手くそな写真でも向上心が感じ取れる写真だった。先生からアドバイスをもらっては「またあの場所に行って撮らなきゃ」という気持ちが芽生え土日はカメラ持って必ず出かけた。いい写真とは何か?常に追求していたと思う。

 

 

そんな向上心溢れる私が写真に対して正直に向き合えない出来事が起こる。

 

 

夏休み明けに期末審査というものが行われた。どこの学校にでもある前期の総まとめみたいなものだ。審査と言っているがうちの学校はテストでは無く、学校から指定されたお題の写真を撮ってきてそれを10枚の組写真にし、クラス全員と先生数名の前で見せて評価してもらうというもの。一生懸命撮ったとはいえ先生に必ずしも褒め言葉が貰えるとは限らない。クラスメイトの写真に対する厳しい視線、先生の厳しい言葉、全て今後の自分の写真人生を豊かにするために受け止めるしかないと思いながらその場に立っていた。自分の番が終われば当然人の写真も見ることになる。

 

 

とあるクラスメイト「S氏」の写真を見て発狂しそうになった。嫉妬と怒りで。結局そうなのか、世の中が求めているものはこういうものなのかと全てを悟り、写真のモチベーションがその瞬間皆無になった。その写真は課題のために海外で撮ったものらしく見るからに日本じゃねぇ、日本じゃ撮れないわって感じの写真だった。結局S氏の写真は評価され、最優秀賞までちゃっかり取った。

 

金と時間があればそれっぽい写真は評価されるということが目の前で起こった。写真が上手いから評価されたんじゃない。伝えたい材料が単純かつ明確でS氏の写真は評価されたのだ。そう、金と時間さえあれば人とは違う写真が撮れる。人とは違うことが伝えられる。「同じお題とはいえ国境を越えられたら勝ち目無くないすか。笑」心の中でそいつに向かってそう言った。S氏の写真を素直に褒めることも貶すこともしなかった。悟った。もう何も言えなかった。

 

 

その一件から自分が写真にして伝えたいことってなんだろうと毎日考えるけど答えが出ない。撮り手が写真に伝えたいことを10割込めても見る手に2割伝われば上出来の世界。それでも見る手に伝えたいこと、伝えなきゃいけないこと。この答えを出さない限り私は一生本気でカメラを握れない。目の前にある被写体の感情を理解できない。一刻も早く答えを出さなければ。

 

 

 

上海蟹食べたい。